大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ツ)89号 判決 1972年1月21日

上告人

小林薬品工業株式会社

右代理人

下条正夫

被上告人

宍倉一郎

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取消す。

本件訴えを却下する。

訴訟費用は第一、二、三審とも被上告人の負担とする。

理由

上告代理人は主文第一項、第三項同旨および「本件を岐阜地方裁判所に移送する」、予備的に「被上告人の請求を棄却する」との判決を求め、別紙の通り上告理由を述べ、被上告人は上告棄却の判決を求めた。

上告理由第一、二点について

不動産仮差押の執行は仮差押決定を登記簿に記入してするのであるが、この登記は執行裁判所が嘱託すべきものと解される。ところが、仮差押登記の抹消は、仮差押執行の取消にほかならないのであるから、不動産登記法第一〇五条第二項、第一四七条第二項等の場合は格別、執行裁判所の嘱託によるべきものと解するのが相当である。従つて、本件仮差押債務者である阿部幸次郎およびその前者である梅田伍郎の本件土地に関する各所有権移転登記が、仮差押債権者である上告人の承諾なしに、抹消されてしまつたからといつて、被上告人が、仮差押執行の取消の手続によらないで、直ちに本件仮差押登記の抹消を訴求しうるものと解することはできない。本来登記の抹消登記の申請をする場合に利害関係ある第三者の承諾を得るのは登記抹消の手段にすぎず、右第三者の承諾があり、目的とされた登記が抹消された場合に、抹消された権利を目的とする第三者の権利が登記官吏の職権により抹消されるのは附随的効果にすぎないから、右第三者の承諾なしに登記が抹消されてしまつた以上、抹消された権利を目的とする第三者の権利に関する登記を抹消するために第三者の承諾を訴求することは許されず、この場合は通常の手続によつて第三者の権利に関する登記を抹消するほかはないと解すべきである。ところが、本件訴訟の経過によれば、上告人が本件仮差押執行に関する第三者異議の訴えによらないで、あくまでも直接本件仮差押登記の抹消登記を求めていることが明らかであるから、本件訴えは不適法といわざるを得ず、本件訴えを適法と解し、本案について判断した原判決および第一審判決は破棄または取消を免れない。

よつて、民事訴訟法第四〇八条第一号、第九六条、第八九条に従い、主文のように判決する。

(近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)

<別紙> 上告理由書

第一点原判決は専属管轄に関する民事訴訟法の規定に違背する。

不動産の仮差押は債権者の申請を受けた管轄裁判所が仮差押決定を発し、法務局にその登記を嘱託して執行する(民事抗告法第七五一条)。そしてその執行の取消は執行裁判所が仮差押登記の抹消の登記を法務局に嘱託してなす。以上のことは民事訴訟法により定められた国家機関である裁判所の行為であるから、仮差押債権者、仮差押債務者、物件所有者等の私人が自らなし得ることではないし、又法務局その他裁判所以外の国家機関がなし得ることでもない。裁判所といえども管轄執行裁判所又はその上訴審以外の裁判所がなすことは許されない(民事訴訟法第五六三条)のである。

斯様に不動産仮差押の登記の抹消即ち不動産仮差押の執行の取消は執行裁判所又はその上訴審の裁判所のみがなし得ることであるから仮差押債務者や仮差押物件所有者がその執行の取消を受けんとするには民事訴訟法第五五〇条第五五一条第七四六条第七五四条等により所定の裁判の正本その他の書面を執行裁判所に提出し執行裁判所より仮差押登記の抹消登記を法務局に嘱託して貰う外ない。そして仮差押物件所有者より訴訟を以てする場合には、民事訴訟法第五四九条、第五六三条に基づき仮差押債権者を被告とする第三者異議の訴を専属管轄を有する執行裁判所に提起して、執行の当否に関する執行裁判所自らの判断を仰ぎ、仮差押の執行を許さずとする形成判決を得てはじめて仮差押登記の抹消を受け得るのである。之に対し仮差押物件所有者より仮差押債権者に対する通常の給付訴訟を執行裁判所以外の裁判所に提起して仮差押登記の抹消を求めるのは、仮差押債権者に対して執行裁判所のなすべき行為を要求すること、及び執行裁判所の執行行為の当否に関する判断を他の裁判所になさしめることであり、いずれも法律上不可能な事の請求に帰する。されば仮に誤つて右訴訟において仮差押物件所有者勝訴の判決が言渡されても、法律上不可能なことを命じた当該給付判決は当然無効と言わねばならない。そして当該判決による仮差押登記の抹消登記手続の請求が、仮差押物件所有者よりなされるか、当該判決を言渡した裁判所よりの嘱託によるか、それとも執行裁判所よりの嘱託によるかは知らないが、前二者の場合には私人の申請はもとより仮令裁判所の嘱託であろうと、仮差押登記を嘱託した執行裁判所の嘱託以外によつて法務局は仮差押登記の抹消登記をなしてはならない。この事は前述の如く執行の取消は執行をなした当該裁判所に限ることの当然の帰結である。又後者の場合にはかかる給付判決は無効である外民事訴訟法第五五〇条、第五五一条に定める裁判に該当しないから、執行裁判所はかかる判決により執行の取消即ち仮差押登記の抹消登記の嘱託をなすべきでない。

叙上の如く仮差押物件所有者より不動産仮差押の登記の抹消登記を請求する訴訟は民事訴訟法第五四九条の第三者異議の訴による外なく、仮差押債権者に対する通常の給付訴訟では不可能なのであるから、本件仮差押登記の抹消を求める被上告人の本件訴訟はこれを第三者異議の訴と解すべきである。そうだとすればその管轄裁判所は民事訴訟法第五四九条第三項、第七四八条により執行裁判所である岐阜地方裁判所であり、且つ同法第五六三条により専属管轄に属するから、原審は同法第三九〇条により第一審判決を取消し本件を岐阜地方裁判所に移送しなければならなかつたのである。然るに原判決はこれに違背し、まさに同法第三九五条第一項第三号に該当する。依つて原判決を破棄し第一審判決を取消して本件を岐阜地方裁判所に移送する旨の判決を求めるものである。

なお原判決は上告人主張の専属管轄違反を排斥する根拠として不動産登記法第一四六条を挙げ、仮差押債権者である上告人は同条に定める第三者に当るから、被上告人が本件土地につきなされた訴外阿部の所有権移転登記の抹消をするには上告人の承諾又は之に代る裁判の謄本の添付を要し、被上告人の本訴請求の趣旨は右承諾に代る裁判を求めたものであつて第三者異議の訴ではないとしている。右原判決の解釈の中仮差押債権者である上告人が不動産登記法第一四六条に定める第三者に当るという点は正しい。しかし同条や同法第五六条に定める第三者はもともと抵当権者や地上権者等を指すのであり、この事は条文中に「抵当証券ノ所持人又は裏書人アルトキ云々」の文言があることよりしても明かである。そして抵当権者や地上権者等は自らその設定登記を申請した者であるから、その抹消登記手続も亦自身でなし得る。従つてその承諾書又は之に代る裁判の謄本の添付があればその登記を抹消し得ることにして何等差支はない。之に反し仮差押の登記は前述の如く執行裁判所の執行であつて仮差押債権者が自らその抹消登記手続をなし得るものではないから、その承諾書や之に代る裁判を求めることは全く無意味である。されば第三者が仮差押債権者である場合には抵当権者や地上権者の場合と異なり、その承諾書又は之に代る裁判の謄本の添付ではなくて、仮差押執行裁判所による仮差押の執行の取消即ち仮差押登記の抹消登記の嘱託を要するのである。この点についての昭和三六年二月七日民事甲三五五号民事局長回答に基づく原判決の解釈は、登記官による仮差押登記の職権抹消を認める点において裁判所の執行行為を取消す権限を登記官に与えるものであり、民事訴訟法中強制執行に関する根本法理に反するのみならず、すべて司法権は裁判所に属するとする憲法第七六条にも違背し、その誤りであることが至極明白である。原判決が裁判所の権限に関する憲法や民事訴訟法上の重要問題の解釈を之等の法規をさておき不動産登記法中の一規定に求めた点は全く本末を顛倒するものである。

第二点原判決は上告人に対し、裁判所の執行行為取消という法律上不可能な事を命じた無効のものである。

第一点にて述べた如く、被上告人の本訴請求は本件仮差押の執行を許さずとする第三者異議の訴と認め、執行裁判所たる岐阜地方裁判所に移送すべきであるが、然らずしてあくまでも上告人に対する通常の給付訴訟であるから管轄違に非ずというならば、右給付訴訟は上告人に対して岐阜地方裁判所がなすべき本件仮差押の取消を求めるものであり、法律上不可能な事の請求であるから之を棄却しなければならない。

民事訴訟法第七五一条第一項にて「不動産ニ対スル仮差押ノ執行ハ仮差押ノ命令ヲ登記簿ニ記入スルニ因リテ之ヲ為ス」と定められていることよりして明かな通り、不動産の仮差押の登記は仮差押決定をなした裁判所(同条第二項参照)による仮差押の執行である。従つて仮差押登記の抹消登記は仮差押の執行の取消であり、それをなし得るのは仮差押の執行をなした裁判所のみであつて、仮差押債権者でない(仮差押債権者は執行裁判所に申請して執行裁判所により執行の取消を受けるのである)ことも疑の余地がない。されば本件において仮差押債権者である上告人が自ら執行裁判所である岐阜地方裁判所のなした仮差押の執行を取消すこと、即ち本件仮差押登記の抹消手続をなすことは法律上絶対に不可能である。本件訴訟が民事訴訟法上認められている救済方法たる第三者異議の訴に非ざる以上、それは法律上不可能な事の給付請求につき当然棄却さるべきであるにも拘らず、右請求を認容した第一審判決並びに同判決を支持せる原判決は、憲法第七六条や民事訴訟法第六編強制執行の規定に反し、上告人に対し岐阜地方裁判所の執行行為の取消を命ずる無効のものであつて到底破棄を免れない。

もし原判決が認めるように差押債権者に対する通常の給付訴訟により裁判所のなした強制執行の取消がなし得るとするならば、単に民事訴訟法第五四五条、第五四九条等の規定を無用のものにするのみならず、私人が裁判所の行為を取消し得る即ち私人が司法権を行使し得るという現行法制の根本を覆えす結論を招来することになるのであろう。

第三点《省略》

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